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造業の因となる三毒五欲
仏教でいう業とはキリスト教の罪と同一の概念であり、悪の下地となるもののことである。業は過去世の己の愚かな行いによって作り上げた果であって、人生の意義を知ったり悟りを得るのに邪魔になるものである。
造業の元となるのは人間の持っている愚かさと欲である。愚かさは三毒に区分され、欲は五欲に区分され、あわせて三毒五欲と言われるが、この三毒五欲が造業の因となると言われている。
三毒(さんどく)
三毒は三業(さんごう)ともいう。人間の備えている三つの愚かな性質、すなわち貪・瞋・痴(とん・じん・ち)の三つをいう。
貪(とん)は貪(むさぼり)りの心、瞋(しん)は怒りの心、痴(ち)は愚かな心をいう。
この三毒を根本にして煩悩によって無量(むりょう:計り知れない量)の業を造るとされている。
五欲(ごよく)
人間の持っている五つの欲をいう。 五つの欲 とは、財欲(物欲)・食欲・色欲・睡眠欲・名誉欲の五つの欲のことである。これらの自己中心的欲は正しい判断をする妨げとなることが多く、業(ごう)を造る基になりやすい。
上記した三毒は仏教でしてはならないとされる十の悪行(十悪)のうち三密の意(い)に属する三悪である。
十悪とは
仏教でしてはならないとされる十の悪行(十悪)のうち意に属する三悪とは三毒のことである。三毒以外の七悪とは、三密の身(しん)に属する三悪と三密の口(く)に属する四悪のことである。
身に属する三悪
身に属する三悪とは造業の元となる以下の三つの悪い行いをいう。
殺生(せっしょう):ー人を殺すこと
偸盗(ちゅうとう):盗みを働くこと
邪淫(じゃいん):みだらな異性行為をすること
口(く)に属する四悪
口に属する四悪とは造業の元となる以下の四つの悪い言葉使いをいう。
妄語(もうご):嘘をつくこと
綺語(きご):気持ちもないのに不必要にことばを飾ること
両舌(りょうぜつ):二枚舌を使うこと
悪口(あっこう) :他人の悪口を言うこと
テレビ番組で頻出する言葉使い
最近テレビ番組を観るとどの番組、例えば報道番組、朝昼のワイドショー、お笑い番組など、殆どの番組で頻繁に使われていることばがある。3つの言葉とは、「踏まえて」、「妄想する」、「させて頂きます」の三つである。今どき頻出することば使いの三横綱と言ったところか。
踏まえて
踏まえるの原意は足で踏んづけることである。現在では原意から転じて立脚してなどの意味でも使われるが、原意を考えれば使うのが相応しく無い場合もある。しかし、最近では使うのが相応しく無いような場合でも踏まえてで片付けてしまう傾向が強くなった。
(例)今の意見を踏まえて・・・、彼の功績を踏まえて・・・、先生の研究を踏まえて・・・
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妄想する
本来「妄想」ということばの意味は、①みだらな思い、正しくない想念、②根拠のない主観的な信念であって事実の経験や論理によって訂正されることのないものをいい、良い意味のことばではなく、公共の場で頻繁に使うようなものではない。そのような不適切なことばを多くのテレビの番組内で当たり前のように使用している。
(例)腸内細菌の働きをお聴きして妄想すると・・・、彼がいかに苦労されたかを妄想すると・・・
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頂きます
「お隣の方が(私の)孫の面倒を見て下さって」というべきところを、「お隣の方が(私の)孫の面倒をして頂いて」というような文の体をなしていない誤用が多い。また、自分の意志で決定したことを、「・・・させて頂いた」というような謙(へりくだ)りを意図した誤用が目立つ。
誤用の頂きますはことば(文法や語法)を知らないのが原因であるが、必要のない箇所にまで心にもない「頂きます」ということばを付けて謙った風を装う(ことばを飾る)のは綺語に通じるものである。
今どきのことば使い
昨今の言葉使いを歌に読めば、
「踏まへると妄想しつつ頂くと心な綺語(心無き語)を付けくわふかな」
「言の葉は時経る(ときふる)につれ変われども心の機微はなぞか変わらむ」
備考
本来「ことばつかい」は「ことば遣い」と表記するのが正しいが、本記事で取り扱っているのは、心遣いのされていないことばの使い方を問題として取り上げており、敢えて「ことば使い」との表記をした次第である。
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