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熱帯低気圧の発生地域
熱帯低気圧は熱帯のクラスター(雲の塊)から、あるいはいくつかの小さなクラスターが一つにまとまって、発生する。熱帯海域の対流圏下層および中層には波長3,000kmから4,000kmの偏東風波動(easterly wave)があり、雲のクラスター形成と関係があると見られているが、どのような気象条件でクラスターが台風にまで発達するのかについては、まだよく分かっていない。
図1に熱帯低気圧の発生地点を示したが、熱帯低気圧が多く発生するのは北大西洋西部、北太平洋東部、北太平洋西部、北インド洋、南インド洋、南太平洋西部の緯度5°から30°の範囲の地域である。また、海面水温26.5℃以下の海上ではほとんど発生しない。さらに、熱帯低気圧がよく発生する海域では対流圏下層の渦度(回転運動)が大きいことが知られている。

熱帯低気圧のうち、北西太平洋(赤道より北で東経180度より西の領域)または南シナ海で発生する最大風速(10分間平均)がおよそ17m/s(34ノット、風力8)以上のものを「台風(Typhoon)」、東経180度より東側の北太平洋および北大西洋で発生する最大風速33m/s以上の熱帯低気圧を「ハリケーン(Hurricane)」、インド洋北部・インド洋南部・太平洋南部で発生する熱帯低気圧を「サイクロン(Cyclone)」という。
サイクロンのうち、 北インド洋(ベンガル湾およびアラビア海)では,その域内の最大風速が 34kn(約 17m/s)以上の熱帯低気圧に Cyclonic Storm,南西インド洋では,その域内の最大風速が 64kn(約 33m/s)以上の熱帯低気圧に Tropical Cyclone,南東インド洋,南太平洋では,その域内の最大風速が 34kn(約 17m/s)以上の熱帯低気圧に Tropical Cycloneという語を用いている。
台風のエネルギー
台風のエネルギー源は水蒸気が凝結して出す潜熱である。この潜熱の放出は台風の眼を取り囲む背の高い対流雲(壁雲:wallcloud)の中で起こる。海面水温が高い場合、海面からの水蒸気蒸発量は多くなる。したがって、壁雲内の上昇流に多くの水蒸気が含まれているため放出潜熱も大きくなり、上昇流を強めて台風中心部下層の気圧を下げ台風は発達する。図2はこの様子を示したものである。
それゆえ、台風が海面水温の低い海域に移動したり、上陸した場合には、下層からの水蒸気供給量が減少するため、台風の勢力は次第に衰え始めることになる。

台風の構造と発達
熱帯低気圧が発生する熱帯地方(低緯度帯)では、中緯度帯と異なり温度や水蒸気量は水平面(等圧面)上でほぼ一様に分布しており、南北方向の温度傾度や気圧傾度は小さい。したがって、熱帯地方で発生・発達している段階においては寒冷前線も温暖前線もなく、台風は中心に対してほぼ軸対称な構造をしている。
図3は台風上層と下層における風(風ベクトル)を示す図であるが、風ベクトルを接線速度(tangential verosity)と動径速度(radial verosity)の二つに分解する。対流圏下層の境界層内(地表や海面からの摩擦が作用する高度までの範囲)では、風は反時計方向に回りながら台風の中心に向かって吹き込み、逆に対流圏上層では、風は時計方向に回りながら台風の中心から周囲に向かって吹き出している。

接線速度(tangential verosity)と動径速度(radial verosity)
図4は多くの台風について、接線速度を中心からの距離および高度(気圧)の関数として表したものであり、反時計回りの速度を正としている。
図から、接線速度は高度900hPa(地面からの摩擦が効かなくなる境界層の上端)で最大であり、中心に近づくほど大きくなっている。また、対流圏上層または中心から遠方では接線速度が負、すなわち時計回りに風が吹いていることがわかる。

図5は、多くのハリケーンについて平均した動径速度の分布であり、中心に向かう風速を負値で表している。
図から、動径速度は900hPa(地面からの摩擦が効いている境界層内)で最大であり、地面からの摩擦が効かない自由大気中では動径速度は接線速度に比べ非常に小さい。また、対流圏上層では空気は台風の中心から時計回りに周囲に流れ出している。

以上から、境界層の内部では等圧線を横切って風は中心に向かって反時計回りに吹き込むが、境界層より上の空気は反時計回りの円運動をしており、対流圏上層の300hPa以下の高度では、空気は台風の中心から時計回りに外に流れ出している。
地球における南北の熱輸送
上記したように熱帯地方で発生・発達している段階においては、熱帯低気圧には寒冷前線も温暖前線もない。寒冷前線や温暖前線は中緯度帯で生ずる偏西風波動が南北に蛇行をすることに伴って生じ、中緯度帯において熱を低緯度から高緯度に輸送する役割を担っている。 これが図6中に実線で示した曲線である。

これに対し熱帯地方(低緯度帯)では、地球の南北鉛直断面内の大気の循環(ハドレー循環)が熱を高緯度へと輸送している。これが図6の破線で示した曲線である。図7は夏季・冬季における地球の鉛直断面における大気循環を示している。このうち最も低緯度にあるのがハドレー循環である。

最大風速の位置の変化
図8はある台風の中心からの風速分布が時間とともに(26日から29日まで)どのように変化したかを示したものである。図から明らかなように風速分布が最大となる場所は26日が最も中心に近く、日を経るにしたがって中心から離れていっている。同時に最大速度値も26日が最も大きく、日を経るにしたがって少しずつ小さくなっていることがわかる。 また、図は台風の東西断面を示しているが風速分布も東西で異なり、最大風速も東西で異なっていることがわかる。

中心付近の気温
図9は台風内の気温分布を示したものである。ただし図中の数値(気温)は、各高度で測定した台風内の気温と、その高度における気候学的な平均気温との差、すなわち気温偏差(台風内の測定気温ー 気候学的な平均気温 )である。図から台風中心付近で気温偏差が正、すなわち周りの空気よりも気温が高いことがわかる。これが台風の発達にとって重要な働きをする。

台風発達のエネルギー
図9で示すように、台風の中心は周囲より温度が高いため、海面から蒸発した大量の水蒸気を含んだ空気は台風中心部で上昇し凝結潜熱を放出し周囲の空気を温める。凝結潜熱で温められた空気塊は更なる上昇を続け対流圏界面(対流圏と成層圏の界面)まで到達する(壁雲 wall cloud)。その結果、台風中心部の下層では気圧が低くなり、境界層内(空気の運動に海面または地表面の摩擦が作用する高度)では、周囲から台風の中心に向かって反時計回りに空気が流入する(図10)。
それゆえ、海面から蒸発する水蒸気量が多くなるほど、凝結潜熱が大きくなり、台風中心部の空気塊の上昇力を強め、台風中心部下層の気圧の低下を促進するため、強力な台風へと発達する。したがって、地球温暖化が進めば海面から蒸発する水蒸気量が地球全地域で増大するため、スーパー台風が発生する確率も高くなる。境界層より上の自由大気 (空気の運動に海面または地表面の摩擦が作用を及ぼさない高度) では空気は反時計回りの回転速度が大きくなるが中心部へと流入はほとんど無い。すなわち動径速度がほぼゼロであるのは台風が発達しても同じである。
ただし、以上の議論は赤道近く(緯度が$5°$以下)では成り立たない。コリオリ力の水平成分がほぼゼロとなるからである。

風速が中心付近で大きくなる理由
台風の中心へ反時計方向に吹き込む風の接線速度に関しては角運動保存則が成り立つ。台風の中心から$r$の距離にある空気粒子の接線速度を$v$とすると、地球に対する粒子の角運動量は$rv$である。地球は慣性系に対して角速度$Ω$で自転しており緯度$φ$における大気の運動に有効な地球の自転の角速度(角速度の水平面内成分)は$Ωsinφ$であり、地球自転による速度は$rΩsinφ$、角運動量は$r^2Ωsinφ$である。したがって慣性系に対する角運動量
$r^2Ωsinφ+rv=$一定 ・・・(1)
の保存則が成り立つ。
例として中心から$400km$で$v=1m/s$で回転していた空気が中心から$50km$まで移動した場合、緯度が$10°N$であった場合は、(1)式から
$400000^2×\dfrac{2π}{24×3600}sin10°+400000×1=50000^2×\dfrac{2π}{24×3600}sin10°+50000×v$
を解いて求めることが出来る。 中心から$400km$で$v=1m/s$で回転していた空気が中心から$50km$まで移動した場合、 $v=48m/s$まで大きくなる。
低緯度で台風が発生・発達しない理由
緯度が$0°$である場合は、$sin0°=0$であるから、$400000×1=50000×v$を解いて求められる。これより、中心から$400km$で$v=1m/s$で回転していた空気が中心から$50km$まで移動したとき、緯度が$0°$である場合は 接線方向速度は$v=8m/s$までしか大きくならない。このように赤道近くでは台風から遠くにあった空気が中心付近に到達しても接線速度はあまり大きくならない。これが赤道近くで台風が発生し難い理由の一つである。
地球が慣性系に対して回転していることから生ずるコリオリ力の水平成分は、地球の自転の角速度を$Ω$、観測点の緯度を$φ$、空気塊の水平方向の運動速度を$v$とすると$2Ωvsinφ$で表される。そして対流圏下面の境界層内(空気塊に摩擦が作用する範囲)では、図11のように気圧傾度力、コリオリ力の水平成分、摩擦力の三つの力が作用して釣り合っている。

しかし、極低緯度(赤道から緯度5°の範囲)ではコリオリ力の水平方向成分 $2Ωvsinφ$がゼロに近く($φ≠0$ → $sinφ≒0$)気圧傾度力が直接空気塊に作用して空気塊を運動させるため、気圧傾度が大きくならず渦も発生しない。したがって、低緯度では台風が発生・発達しないことになる。
参考文献
小倉義光著 「一般気象学」 東京大学出版会
天気予報技術研究会編 「天気予報の技術」 東京堂出版
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