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岸田内閣、国会の審議なく閣議のみで原発政策変更
2022年8月24日、官邸で開いたGX実行会議において、岸田首相は原発政策変更について検討をするよう指示し、その号令からわずか4カ月後、原発政策変更を閣議で決定した。さらに東京電力福島第一原発事故から11年間、歴代政権がタブーとしてきた原発の新規建設をも閣議だけで決定した。
政策変更の柱は、
(1) 福島事故後に稼働した10基に加え、7基を追加で再稼働すること、
(2)次世代革新炉を新増設すること、
(3) 原則40年、最長60年と定められている既存原発の稼働期間の延長
の3つである。
上記の3項目中、稼働期間の延長は、機械工学的・金属工学的には安全の担保が難しく、事故発生の確率を高めるものである。
原発再稼働の問題点
長期停止した機械を再稼働する場合の注意点
機械を長期間停止した後再稼働する場合、組み上げた新しい機械を稼働する場合や、メンテナンスで休止した後すぐ稼働する場合と異なり、
・駆動装置や駆動力伝達部に問題はないか、
・摺動部や配管などにサビが発生していないか、
・溶接部や応力が集中し易い箇所にクラック等が発生していないか、
・連結部にガタや間隙などが生じていないか、
等を念入りに検査し、然る後試運転をして問題が無いことを確認し、徐々に出力を上げながら段階的に100%出力に移る必要がある。これはボイラやタービンなどの蒸気機関、自動車などの内燃機関、産業機械など駆動部や配管等を有する機械総てに共通することである。放射線の被ばくを受けている原発システムにおいては、なおさらである。
原発の特殊事情
原発の場合、圧力容器やその内部機構、タービンや一次冷却水系の管路などは中性子や放射線の被ばくを受けており、分解して被爆した内部の状態を確認することは容易ではなく、確実に安全性を担保することは困難である。また、原発を長期休止した場合、圧力容器や一次冷却水系の内部がどの様になっているかに関しては過去のデータが乏しく、被爆していない一般の機械の場合に比べ問題の有無を確認することは難しい。被爆を受けた箇所の腐食や損傷が酷いことは想像されるが、分解して確認するのが困難なことが問題を難しくしており、簡単に再開できないことは容易に想像できる。そのような点を考慮すれば、原発を再稼働したり、停止期間を稼働期間に含めず、60年の稼働寿命を停止期間分延長することは大きな問題がある。
前原子力規制委員会委員長の見解
休止原発の再稼働に対し 前原子力規制委員会委員長更田氏 は2022年12月5日 クローズアップ現代 の番組内で「一度長期間停止した原発を再稼働することは、設計や建設段階で想定されておらず、再稼働にあたっては、最初の稼働時と同等、或いはそれ以上に細部まで念入りに調査することが必要である」と述べている。
原発の稼働寿命が当初40年とされた理由
原発の稼働寿命40年は、中性子照射を受けて圧力容器の脆性遷移温度が高くなることによる。
鉄は常温では展延性(引き伸ばしたり曲げたりすることが出来る性質)を有しており、外力を受けて変形し、コンクリートやガラスのように割れたりすることはない。しかし、氷点下以下へ温度を下げていくと、展延性が低下し、ある温度以下では外力を受けてひび割れるようになる。即ち、展延性が失われ脆性を有する性質の物質に変化する。この展延性が失われ脆性に変化する温度を脆性遷移温度といい、通常は氷点(0℃)以下の温度である。しかし、原発の圧力容器のように強力な中性子に晒されることによって、脆性遷移温度は徐々に上昇し、40年も稼働を続けると50℃を超えるような温度まで上昇してくる。
この脆性遷移温度が上昇した圧力容器内の冷却水が原発事故で失われた場合、炉心が溶融するのを防ぐため、海水などの常温の水を大量に容器内に投入せざるを得なくなる。その場合、圧力容器の脆性遷移温度が常温程度に高くなっているのであれば、熱応力が作用して圧力容器がひび割れたりする可能性が高い。
仮に圧力容器がひび割れたりすれば内部の核燃料など高レベル放射性物質が外界に大量放出されることになる。これが原子炉(圧力容器)の稼働寿命が40年に設定された理由であり、科学技術的根拠に基づく数値である。
政治や経済的観点から変更できる筋合いのものではないわけである。
実データの例
図1は中性子照射量と脆性遷移温度上昇量との関係を示した図で、横軸が中性子照射量($ 1cm^2$当たりの中性子照射量を10の19乗で除した値 )を表し、縦軸が脆性遷移温度上昇量(°K)を示している。図から明らかなように、中性子照射量の積算値が大きくなるに連れ、脆性遷移温度が上昇していることが分かる。

表1は、日本の主な原発の稼働開始年月日とそれ以降の (2017年6月時点における) 経過年数を示したものである。表の最右欄の数値から分かるように、2017年時点において、表中の原発はすべて稼働開始後40年以上経過したものばかりである。

表2は、表1中の美浜1、美浜2、玄海1の原発の脆性遷移温度がどのように上昇したかを示したものである。表から明らかなように、いずれの原発においても、稼働期間が長くなり中性子の照射量が増加するに連れ、脆性遷移温度が高くなって行くのが見て取れる。表の最右欄は2001年5月のおけるそれぞれの原発の脆性遷移温度であるが、美浜1では74℃に、美浜2では78℃に、玄海1では98℃まで脆性遷移温度が高くなっている。すなわち、いずれの原発の圧力容器も外力が加われば割れやすい状態になっているわけである。

原発の稼働寿命が当初60年に延長された経緯
老朽原発をめぐっては、東京電力福島第一原発事故後の2012年、原子炉等規制法の改正で、40年原則廃炉を原則としているが、原子力規制委員会(以下、規制委)が延長を認可すれば、対策工事を施した上で最長60年(20年延長)の運転が可能となった。
当時の規制委の田中俊一委員長は2016年2月24日の定例記者会見で、「(老朽原発も)費用をかければ技術的な点は克服できる」と述べ(中日新聞2月25日)ていたが、原子力建屋の放射線対策を施した高浜原発1、2号機の延長運転を認可し、40年以上の使用を可能にした。
原子炉40年廃炉は、原発の運転による中性子の照射を受け、圧力容器(原子炉)が脆化(ぜいか)して強度が無くなるという科学技術的根拠に基づいたものである。圧力容器を覆う格納容器ですら、その強度は圧力容器と比較して遥かに劣るものである。原子力建屋の放射線対策では、圧力容器の脆化に起因した事故が発生した場合、とても有効とは思われない。
圧力容器とはどのようなものか
100万KW級の加圧水型の圧力容器は、高さ約13メートル、直径4.4メートル、壁厚25センチメートルほどの茶筒形をした鋼鉄製の容器であり、中で核燃料が核分裂をし、毒性の高い放射性物質が存在しているだけでなく、高圧(175気圧)かつ放射能汚染された高温(300℃超)の水が内部を循環している。そのため、機密性も強度も非常に高いものである。

格納容器と原子力建屋
一方、原子力発電の建屋は鉄骨とコンクリートで作られた建物であり、機密性、強度何れにおいても、圧力容器には遠く及ばない。配管の多い巨大な建物であるが故至るところ穴だらけであり機密性に乏しく、強度においても水素爆発で吹き飛ぶほどの強度しか無いことは福島原発事故が示すとおりである。
圧力容器、格納容器および原子力建屋の耐圧比較
以下に、高浜1号炉(熱出力240万kW(電気出力100万kW)、加圧水型原子力発電PWR)の圧力容器、格納容器および原子力建屋の耐圧に関するデータを記載した。
圧力容器 耐圧(設計値)157気圧 運転圧力 157気圧
格納容器 耐圧(設計値) 2.4気圧
原子力建屋 耐圧(設計値) 記載なし(注)
(注)原子力建屋は、格納容器(圧力容器を覆う)、タービン、発電機全体を覆う大きな建物であり、格納容器ですら上記の耐圧(2.4気圧)であることからして、原子力建屋においては耐圧設計はされていないものと推定される。
まとめ
原子炉の稼働可能期間を40年から60年に延長することさえ科学技術的視点に立てば問題があると思われるが、さらに休止期間を稼働期間に算入せず、60年以上原発を稼働させることを政策的に可能にすることは、圧力容器の脆化の問題に加え、 安全担保が難しい長期休止機械の再稼働という問題が加わることになる。休止原発を再稼働する場合は、圧力容器の脆化の問題だけでなく、
・核反応速度を制御する制御棒駆動装置が問題なく作動するかどうかの確認と処置、
・圧力容器、タービン間をつなぐ一次冷却水系の問題(配管や配管接続部の錆や損傷の有無及び強度の確認と処置、
・タービンブレードや軸周りの問題の有無と処置、
が必須である。制御棒駆動装置、一次冷却系はいずれも高レベルの放射能で汚染されているから、これらの作業も容易なものではない。
世界をリードする新しい技術開発を
電力不足に対して原発再開オンリーで、新技術の開発や研究に取り組もうとせず過去の技術にのみ力を入れているようでは、日本の技術力はますます低下し、早晩世界の3流国になっていくように思われてならない。現状で原発存続は必要であるとしても、将来的には原発にも依存しない新技術の開発に真剣に取り組んで行くことが望ましい。
地球温暖化対策で温室効果ガスの$CO^2$の排出ばかりに視点が注がれがちだが、原発もまた炉心冷却に使用された大量の温水を海洋投棄したり使用済み核燃料の冷却に多量の水が使用されており、地球温暖化の一因となっていることは忘れてはならないことである。
世界的なエネルギー危機にあっても、穏やかな地球環境を維持できる新たな技術を確立し、世界をリードすることが出来れば、将来の日本を、そして世界をより良く導けるのではないだろうか。
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