UA-91635752-2 G-JEWNT0VJRZ

椎葉移流(シーハイル)

安心な生活の知恵

Home » 観光・歴史・文化 » 蓼科高原(霧ヶ峰・車山・白樺湖)と小諸の懐古園|信州の均一周遊券で信州旅行

蓼科高原(霧ヶ峰・車山・白樺湖)と小諸の懐古園|信州の均一周遊券で信州旅行

calendar

reload

蓼科高原(霧ヶ峰・車山・白樺湖)と小諸の懐古園|信州の均一周遊券で信州旅行

信州の均一周遊券

 今から40年ほど前、大学2年生のとき、仲の良い学友と二人で信州を一泊旅行した。当時は国鉄(日本国有鉄道)の時代で、ある地域内で国鉄の急行以下の鉄道車両と国鉄バスが数日間乗り放題という均一周遊券というのがあった。信州の均一周遊券はたしか5日間乗り放題で4~5千円だったと思う。

 スキーで八方尾根や野沢温泉、志賀高原など北信州には何度か行ったことがあったが、霧ヶ峰から小諸へ抜けるルートは行ったことがなかった。それで、上諏訪から霧ヶ峰、白樺湖を経て小諸へ抜け、小諸で一泊した後小海線に乗り、小淵沢経由で名古屋に帰る計画を立てた。

夜行電車で名古屋を出発

 当時は夜行列車があったので、早朝(6時前)に上諏訪の駅に着くように夜行で名古屋駅を出発した。

 季節は10月半ばくらいであった。早朝到着した国鉄の上諏訪駅は寒く、駅前から出る霧ケ峰行きの始発のバスには時間があったので、駅のホームでかけそばを食べてベンチの椅子で時間を過ごした。立ち食いのかけそばであったが、そばの本場・信州であるためか、早朝の寒さのせいか、とても美味しかったのを覚えている。

霧ヶ峰から車山を経由して白樺湖へ

 始発のバスに乗り到着した霧ヶ峰は、早朝(6時頃)ということもあり眼下一面に霧が立ち込めており、雲の下の世界と隔絶された別世界にいるようであった。初めて見るその光景に感激し、しばしの間、時の経つのを忘れて見入っていた。

「霧ヶ峰 写真」の画像検索結果
ニッコウキスゲの咲く夏の霧ヶ峰

( 補足 )
 霧ヶ峰は夏ニッコウキスゲが一面に咲き乱れ、近くには日本を代表する高層湿原である八島ヶ原湿原がある。八島湿原はその重要性を早くから認められ、1939年(昭和14年)に国の天然記念物の指定を受けるとともに国の文化財としても登録されている。

 霧ヶ峰は冬はスキー場となるが、草原のスキー場であるため雪が少なくてもブッシュにスキーを引っ掛けたりすることがなく、斜度もなだらかなため、大人から子供まで家族で楽しむことの出来るスキー場になる。

八島湿原

 霧ヶ峰で朝食をとった後、霧ヶ峰から車山までは徒歩で移動した。霧ヶ峰から車山山頂までの行程はとても長く感じた。山がなだらかでお椀を伏せたような形状であるため、すぐそこにあるよう見える山頂が、歩を進めるにつれ先へ逃げていくといった感じで、2時間くらい歩いてやっと頂上にたどり着いた。

 1925mの山頂からは富士山や八ヶ岳連峰の他、南アルプス、中央アルプス、北アルプスの山々が見渡せる素晴らしい眺めであった。

車山遠望

 車山から白樺湖へはリフトを利用して一気に下った。高原の湖に来たのは初めてで、澄み渡った真っ青な空の下、湖の周囲に立つ白樺の樹と湖面に反射する光がキラキラと輝き、まばゆく感じる光景であった。

( 補足 )
 車山は1925mの山であるが周囲を高い山で囲まれていないため眺望がよい。また、木々の無い山であるので冬季は雪が少なくても安心してスキーをすることが出来る。ただし、こちらは霧ヶ峰と違って斜度があるため、初心者や子供連れには向かないかもしれない。

 白樺湖はその後観光客が増えて俗化が進み、このときほど魅力を感じない場所になってしまった。ただ、90年代に行ったときに湖畔で飲んだ地ビールが美味しかったことは今でも記憶に残っている。 

小諸の懐古園へ

 白樺湖の湖畔で昼食を摂った後、小諸行きのバスに乗り込んだ。小諸には島崎藤村が「千曲川旅情の歌」を詠んだと言われる懐古園(小諸城址)がある。

 小諸城は日本百名城の一つに数えられる城で、平安時代に起源をもち、戦国時代に武田信玄の命により山本勘助らによって縄張りがされ、原型が整備されたといわれている城である。

 明治4年(1872年)の廃藩置県で廃城となった小諸城は、その後、小諸藩の元藩士らによって明治政府から買い戻され、大正15年(1926年)には、明治神宮の森や日比谷公園も設計した本多静六により、近代的な公園「懐古園」に生まれ変わり、日本さくら名所100選、日本の歴史公園100選にも指定されている歴史的な観光名所である。

懐古園

園内を見学

 園内には藤村記念館や島崎藤村の「千曲川旅情の歌」の歌詞を刻んだ石碑もある。

 園内は広く、城の建物は無いものの、往時を懐古するにふさわしい雰囲気を持っている。奥の見晴台まで行くと眼下に千曲川を遠望することが出来る。

 学友と藤村記念館を見学したり、「千曲川旅情の歌」の石碑の前で石に刻まれている「小諸なる古城のほとり雲白く遊子悲しむ・・・」に目をやり、この歌を学んだ高校時代に思いを馳せていた。

「懐古園 写真」の画像検索結果
園内の様子(もみじまつりの頃)

 懐古園を一通り見学した後、バスの駐車場近くから民宿へ電話を入れて迎えを頼んだ。

小諸の民宿で一泊

 電話を入れた民宿の主人が懐古園まで迎えに来て、車で民宿まで案内してくれた。この日の同宿は私達と同世代の女性2人( 二人連れ )と我々男性の2人連れだけである。

 居間には櫓炬燵が置いてあって、宿の主人がリンゴ農園をしていると言うことで、出荷できない形の悪いリンゴをカゴに盛って果物ナイフと一緒に出してくれた。

 今の時代の若者と違って、人と接するのは子供の頃から慣れている世代同士であり、初対面ではあったが、4人が櫓炬燵に足を入れ、出されたリンゴを食べながら旅の話しなどをして時を過ごした。当時の民宿ゆえお風呂も一つしかなく、老若男女が交代で入るのが当たり前の時代であり、お互いが譲り合ったが、結局私達が先に風呂に入らせてもらうことになった。

王鈴との出会い

 宿の主人が出してくれたリンゴは初めて見る品種で、青い色をしていたが市場に出回っているインドリンゴではなかった。主人が言うには「王鈴(おうれい)」という新しい品種とのことである。

 形はわるいものであったがとても美味しく、この時食べたリンゴが機になって、この旅行以来リンゴが大好きになった。この「王鈴(おうれい)」は、その年はその品種名で販売されたが、翌年からは「王林(おうりん)」と品種名を変えて市場で販売されているリンゴのことである。

「リンゴ 王林」の画像検索結果
王林

 翌日、宿の車で小諸駅まで送ってもらい、小海線で茅野へ出て、中央線で名古屋へ向かった。

何度も懐古園に

 懐古園は、この後妻と何度も訪れている。浅間山の近くを走った時、軽井沢へ行った帰りなど立ち寄ったりしたが、何度行っても往時を偲んでゆったりした時間を過ごすことが出来るところである。草笛振興会の方たちが、草笛の吹き方を入場者に教えているのに出会い、草笛で音を鳴らす体験をさせていただいたという楽しい思い出もある場所である。

 懐古園が霧ヶ峰や白樺湖のように俗化され(観光客が増え)て魅力を失うことがないのは、歴史と日本文化を基盤に持つ観光地である故と思われる。

 園内には歴史的な建造物(の跡)や博物館などもあり、見晴台からの千曲川の眺望も素晴らしい、また近くに美味しいお蕎麦屋さんもあり、日本文化や歴史に興味のある人にとってはお薦めの場所である。

懐古園の紹介

住所:長野県小諸市丁311
電話:0267-22-0296
休園日:12~3月中旬は水曜日定休、年末年始(12月29日~1月3日)
(※遊園地は12月1日〜3月中旬 休園)
開園時間:9:00~17:00(動物園と遊園地を除く園内各施設共通)
動物園   平 日:9:30~16:30 休 日:9:00~16:30
遊園地   平 日:9:30~16:30 休 日:9:00~16:30
料金:園内施設共通券 大人500円

千曲川旅情の歌( 島崎藤村作 )

小諸なる古城のほとり雲白く遊子(ゆうし)悲しむ
緑なすはこべは萌えず若草も藉(し)くによしなし
しろがねの衾(ふすま)の岡辺(おかべ)日に溶けて淡雪(あわゆき)流る

あたゝかき光はあれど野に満つる香(かをり)も知らず
浅くのみ春は霞みて麦の色わづかに青し
旅人の群はいくつか畠中の道を急ぎぬ

暮行(くれゆ)けば浅間も見えず歌哀(うたかな)し佐久の草笛
千曲川いざよふ波の岸近き宿にのぼりつ
濁(にご)り酒濁れる飲みて草枕(くさまくら)しばし慰(なぐさ)む

昨日(きのう)またかくてありけり今日もまたかくてありなむ
この命なにを齷齪(あくせく)明日(あす)をのみ思ひわづらふ

いくたびか栄枯(えいこ)の夢の消え残る谷に下りて
河波(さざなみ)のいざよふ見れば砂まじり水巻き帰る

嗚呼(ああ)古城なにをか語り岸の波なにをか答ふ
過(いに)し世を静かに思へ百年(ももとせ)もきのふのごとし

千曲川柳霞(やなぎかす)みて春浅く水流れたり
たゞひとり岩をめぐりてこの岸に愁(うれひ)を繋(つな)ぐ

この記事をシェアする

コメント

コメントはありません。

down コメントを残す




folder 新型コロナウイルス

コロナワクチン接種の効果と接種への不安
more...